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大阪地方裁判所 昭和62年(ワ)6358号 判決

原告

中嶋努

被告

安田火災海上保険株式会社

ほか一名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告乗富幸雄は、原告に対し、六八八六万一一〇四円及びこれに対する昭和六一年五月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告安田火災海上保険株式会社は、原告に対し、二五〇〇万円及びこれに対する昭和六一年一二月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和六一年五月一七日午後一〇時五〇分ころ

(二) 場所 大阪府池田市畑三丁目一一番地先五月山ドライブウエー路上(以下、「本件事故現場」という。)

(三) 加害車 普通乗用自動車(神戸五九つ八〇〇一号)

右運転者 被告乗富幸雄(以下、「被告乗富」という。)

(四) 被害車 自動二輪車(一大阪さ六四五四号)

右運転者 原告

(五) 態様 本件事故現場の五月山ドライブウエー上り車線を走行中の被害車が転倒して対向の下り車線内に滑走し、折から同車線を走行してきた加害車と衝突した(以下、「本件事故」という。)。

(六) 結果 原告は、本件事故により、脊髄損傷等の傷害を受けた。

2  被告らの責任

(一) 被告乗富の責任

被告乗富は、本件事故当時、加害車を保有していたから、自動車損害賠償保障法(以下、「自賠法」という。)三条に基づき、本件事故によつて原告に生じた損害を賠償する責任がある。

(二) 被告安田火災海上保険株式会社の責任

被告安田火災海上保険株式会社(以下、「被告安田火災」という。)は、被告乗富との間で自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表第一級の後遺障害が発生した場合には、二五〇〇万円を限度として保険金を支払う旨の自動車損害賠償責任保険(以下、「自賠責保険」という。)の契約を締結していたから、自賠法一六条一項に基づき、右限度額の範囲で本件事故によつて原告に生じた損害を賠償する責任がある。

3  損害

(一) 入通院慰謝料 三〇〇万円

原告は前記のとおり、本件事故により脊髄損傷の傷害を受け、一年以上入院して治療を受けているので、その間の精神的苦痛に対する慰謝料は三〇〇万円が相当である。

(二) 逸失利益 四四六二万三四四九円

原告は、本件事故による前記傷害のために下半身付随となつたから、その後遺障害は自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表第一級に該当し、その労働能力を就労可能な全期間にわたつて一〇〇パーセント喪失したものというべきである。

ところで、原告は、昭和四二年九月六日生の男性で、高校を卒業していたものであるから、昭和六〇年賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計、学歴計の一八歳から一九歳までの男子労働者の平均年収額一八四万九六〇〇円を算定の基礎とし、就労可能期間を四八年として、ホフマン式計算方法により、年五分の割合による中間利息を控除して同人の逸失利益の現価を計算すると、次のとおり四四六二万三四四九円となる。

(算式)

1,849,600×24.126=44,623,449

(三) 後遺障害慰謝料 二五〇〇万円

前記後遺障害の内容及び程度に鑑みれば、原告が右後遺障害によつて受けた精神的苦痛に対する慰謝料は二五〇〇万円が相当である。

4  過失相殺

本件事故については、原告にも時速三〇キロメートルの制限速度を約一〇キロメートル超えていたという過失があるから、右損害額合計七二六二万三四四九円から過失相殺として一〇パーセントを減ずると、原告が賠償を求めうる損害額は六五三六万一一〇四円となる。

5  弁護士費用 三五〇万円

6  結論

よつて、原告は、本件事故による損害賠償として、被告乗富に対し、前記過失相殺後の損害額六五三六万一一〇四円に弁護士費用三五〇万円を加えた六八八六万一一〇四円及びこれに対する本件事故の日である昭和六一年五月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを、被告安田火災に対し、二五〇〇万円及びこれに対する履行を請求した日の翌日である昭和六一年一二月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いをそれぞれ求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1は認める。

2  同2のうち、被告乗富が本件事故当時、加害車を保有していたこと、及び被告安田火災が被告乗富との間で原告主張のとおりの内容の自賠責保険契約を締結していたことは認める。

3  同3のうち、原告の入院期間、生年月日及び学歴は不知、その余は争う。

4  同4は否認する。

原告の過失は、一〇パーセント程度に止まらない。

5  同5は争う。

6  同6は争う。

但し、昭和六一年一二月二二日に被告安田火災に対して被害者請求があつたことは認める。

三  被告らの抗弁

1  免責

本件事故は、原告が被害車を運転して、時速三〇キロメートルの速度規制がなされており、左にカーブしている本件事故現場付近の道路を時速六〇キロメートル以上の速度で、しかもセンターライン付近を走行するという危険な走行をしていたところから、加害車が対向車線を進行してくるのを発見し、危険を感じて急制動の措置を講ずるとともに急転把し、そのために横転滑走してセンターラインを越え、加害車の進路に飛び込んできたために発生したものであり、原告の一方的過失による事故である。

他方、被告乗富は、本件事故当時、加害車を運転し、時速二〇ないし三〇キロメートルの制限速度内で自己の走行車線内を走行していたものであり、その際、前照燈は下向きの状態にして減光しており、被害車を発見するや、直ちに急制動をかけ、ハンドルを左に切つて原告との衝突回避の措置を講じたが、前記のとおり、被害車がセンターラインを超えて飛び込んできたために加害車と衝突したものであるから、被告乗富には過失はない。

仮に、被告乗富が加害車の前照燈を上向きの状態にしていたとしても、本件事故現場のカーブの状況からすると、原告が眩惑されるようなことはあり得ず、むしろ、前記事故状況によれば、原告は、対向車線に飛び込むのを避けるために急制動、急転把の措置をとつて転倒したことが明らかであるから、右前照燈の状態と本件事故の発生との間には因果関係はない。

なお、加害車は、本件事故当時、正常に作動しており、構造上の欠陥も機能の障害もなかつた。

2  過失相殺

仮に右免責の主張に理由がないとしても、原告には、前記のとおりの過失があつたから、相当程度の過失相殺がなされるべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は否認する。

本件事故は、被告乗富が対向車線を走行してくる被害車の接近を予め知つていたにもかかわらず、加害車の前照燈を上向きの状態にしたままで走行していたため、原告が右前照燈に眩惑されて一瞬視力を失い、危険を感じて急制動の措置を講じたところ、被害車が転倒し、対向車線まで滑走して加害車と衝突するという態様で発生したものである。従つて、被告乗富には、夜間対向車線を走行する車両の交通を妨げないようにするため、前照燈の照射方向を下向きにして減光すべき旨を定めた道路交通法五二条二項、同法施行令二〇条一号に違反した過失があつたというべきである。

さらに、被告乗富が加害車に高速走行のための部品であるスポイラー及びスタビライザーを取り付け、タイヤも標準のものから高速走行用の扁平タイヤに取り替えていることに照らしても、同被告が本件事故当時、時速三〇キロメートルの制限速度を遵守していたとは到底考えられず、同被告には、少なくとも右制限速度を一〇キロメートル以上超過して加害車を運転していた過失があつたというべきであり、同被告が制限速度を遵守していれば、衝突の直前で停止することができ、本件事故を回避できたものである。

2  同2も否認する。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1の事実及び同2のうち、被告乗富が加害車の保有者であること、被告安田火災が被告乗富との間で第一級の後遺障害の保険金限度額が二五〇〇万円である自賠責保険契約を締結していたことは当事者間に争いがない。

右事実によれば、免責の抗弁が認められない限り、被告乗富は、自賠法三条に基づき、原告が被つた損害を賠償する責任があり、被告安田火災は、同法一六条一項に基づき、同法施行令二条一項所定の保険金額の限度で原告が被つた損害を賠償する責任がある。

二  そこで、被告らの抗弁1(免責の主張)について判断する。

1  原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一号証(原告作成の陳述書、但し、後記信用しない部分を除く。)、成立に争いのない甲第四ないし第六号証、乙第一ないし第三号証及び丙第一号証、本件事故現場付近を撮影した写真であることに争いのない検甲第一号証の一ないし五及び第二号証の一ないし五、加害車を撮影した写真であることに争いのない検甲第三号証並びに原告(後記信用しない部分を除く。)及び被告の各本人尋問結果を総合すると、以下の事実が認められる。

(一)  本件事故現場は、五月山ドライブウエーと呼ばれ、池田市の市街地から五月山にある箕面ゴルフ場に通ずる道路上であるところ、本件事故現場付近は、同ゴルフ場に向かつて勾配一〇〇分の五の上り坂で、幅員三・〇メートルの上り車線と、幅員二・八メートルの下り車線よりなる片側一車線のアスフアルト舗装道路である。そして、本件事故現場付近は、上り方向に向つて緩やかな左カーブと右カーブが連続するS字型カーブになつており、両側には雑木林や生垣があつて前方の見通しが悪く、最高速度三〇キロメートル、追越禁止、駐停車禁止の各規制がなされている。

また、本件事故現場付近は、街灯等の設備がないため、夜間は暗く、本件事故当時、天候は晴で路面は乾燥していた。

(二)  被告乗富は、本件事故当時、加害車を運転し、時速約三〇キロメートルの速度で下り車線を走行して本件事故現場に差しかかつたとき、対向車のライトが前方の樹木に反射しているのを認め、右反射を認めた地点から約一一・二メートル進行した地点で、前方約三一・二メートルの上り車線内センターライン近く(センターラインまでの距離約〇・六メートル)を走行してくる単車(被害車)を認めた。そして、加害車がさらに約四・五メートル進行したとき、被害車が、前方約一八・二メートルのセンターライン付近で転倒するのを認めたので、直ちに急制動の措置をとり、ハンドルを左に切つたが、道路左端寄りに約六・六メートル進行した地点で、下り車線内を斜めに滑走してきた原告及び被害車と加害車前部が衝突し、衝突後、加害車は約一・七メートル進行して停止した。

(三)  原告は、本件事故当時、被害車を運転して前記道路の上り車線を時速五〇ないし六〇キロメートルの速度で走行し、本件事故現場のS字型カーブの左に曲がるカーブに差しかかつたが、当時通行車両が少なかつたことと、右速度の関係もあつて、カーブの少ない走行ラインをとつて右カーブを容易に通過しようとして、上り車線の左端寄りからセンターライン寄りに進路をとつて同車線のセンターライン付近を走行していたとき、折から下り車線を対向してきた加害車を認めて危険を感じ、急制動の措置を講じたところ、被害車がバランスを失つて左側に転倒し、被害車と共に下り車線内を右前方、下り車線外側方向に約一一・九メートル滑走して加害車の前部に衝突した。

(四)  事故後、本件事故現場の下り車線内には、センターラインから約〇・八メートル離れた地点で始まり同車線外側方向に斜めに約一・八メートル続く被害車のタイヤ痕、及び右タイヤ痕の被害車進行方向に向つて左側のセンターラインから約〇・二メートル離れた地点で始まり同車線外側寄りの衝突地点まで約一〇・五メートルにわたり斜めに断続しながら続く路面擦過痕がそれぞれ残つており、また、衝突地点付近の加害車進行方向からみて左側端には、約〇・九メートルの加害車の左車輪のスリツプ痕が残つていた。

2  なお、原告は、被告乗富が加害車に高速走行用の部品であるスポイラー、スタビライザー、扁平タイヤを装着していたことから、同被告が制限速度を遵守していたとは考えられず、衝突時の加害車の速度は制限速度を時速一〇キロメートル以上上回る時速四〇キロメートル以上であつた旨主張するが、右事実から直ちに被告が制限速度を遵守していなかつたと断定することはできず、かえつて前掲甲第六号証及び被告乗富本人尋問の結果によれば、被告乗富は、事故後の警察官に対する取調べ時から一貫して加害車の速度が時速三〇キロメートル程度であつたと述べていることが認められるうえ、右速度で走行中の普通乗用自動車の乾燥したアスフアルト舗装道路における通常の停止距離(空走距離と制動距離を合わせたもの)が一二メートルから一五メートル程度とされていることからすると、前認定のとおり、被告乗富が被害車の転倒を認めた地点から停止した地点までの距離が約八・三メートルであるという事実は、原告主張の扁平タイヤの点を考慮しても、なお右供述の速度に符合するものということができるから、原告の右主張は採用できない。

また、被害車の走行速度について、原告は事故直前に時速四〇キロメートルに減速したと主張し、前掲甲第一号証及び原告本人尋問の結果中にはこれに副う記載部分ないし供述部分があるが、前掲甲第五号証及び丙第一号証によれば、事故後、原告は、警察官に対して衝突前の速度が時速約六〇キロメートルであつたと述べ、自賠責保険の調査事務所に対しても加害車に気づいたときの速度が六〇キロメートル位であつたとの回答をしていることが認められること、及び前認定の本件事故現場のカーブの状況及び被害車の転倒及び滑走状況などに照らすと、原告の前記主張に副う記載部分ないし供述部分は信用することができない。

さらに、原告は、被告乗富が対向車線を走行してくる被害車を予め認識していたにもかかわらず、加害車の前照燈を上向きにしたままで走行していたため、原告は、その前照燈に眩惑されて一瞬視力を失い、危険を感じて急制動の措置を講じたことから、本件事故が発生するに至つたものである旨主張し、前掲甲第一号証及び原告本人尋問の結果中にはこれに副う記載部分ないしは供述部分がある。しかしながら、前掲甲第六号証及び被告乗富本人尋問の結果によれば、被告乗富は事故直後から一貫して前照燈は下向きであつたと供述していることが認められ、前認定の加害車の速度も前照燈を上向きにして走行する必要性の少ない速度であつたということができるところ、前掲甲第五号証(原告の警察官に対する供述調書)中には、被害車の前照燈がまぶしかつたこと、道路中央線寄りを進行しており、左カーブの道路で速度も出ていたのであぶないと感じ急ブレーキをかけたとの記載があるが。加害車の前照燈が上向きであつたとする指摘はなく、また、被告乗富本人尋問の結果によれば、被告乗富は事故の一週間か一〇日位のちに、原告の父親から加害車の修理代金の支払いを受けているが、その際、原告側から加害車の前照燈が上向きであつたことが事故の原因であるというような主張をされたことは一切なく、その後も、本件訴訟に至るまで同様であつたことが認められ、これらの事実に照らすと、前記記載部分ないし供述部分は信用できず、むしろ前掲各証拠によれば、加害車の前照燈は下向きであつたと認めるのが相当であり、他に前記1の認定を左右するに足りる証拠は存しない。

3  以上によれば、本件事故は原告が、本件事故現場のカーブを減速することなく、時速五〇ないし六〇キロメートルの高速度で、しかも自動の進行車線である上り車線内をカーブに沿つて走行することなく、カーブより少ない走行ラインをとつて同車線のセンターライン付近を進行していたため、下り車線を対向して進行してきた加害車のライトを発見し、衝突の危険を感じてあわてて急制動の措置をとり、そのためにバランスを失つて転倒したことが原因となつて発生したもので、原告の過失によつて発生したことが明らかであり、他方、被告乗富は、前認定のとおり、加害車を運転し、制限速度を遵守した時速約三〇キロメートルで本件事故現場に差しかかつたとき、前方約三一・二メートルの対向車線内のセンターライン近くを走行してくる被害車を認めているが、その直後に同車が転倒しているので(同車は、右発見後加害車が約四・五メートル進行したときに転倒しており、加害車の前記速度からすると、時間にして約〇・五秒後ということになる。)同被告には被害車の動静に対応して減速等の措置をとるいとまはなかつたものということができ、被害車が転倒するのを認めるや、直ちに急制動の措置を講じ、ハンドルを左に切つて衝突を回避しようとしているのであるから、被告乗富の結果回避措置に不適切な点があつたということもできない。

従つて、被告乗富には本件事故の発生について過失はなく、本件事故は、原告の一方的過失によつて発生したものというべきであるところ、被告乗富本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、加害車に構造上の欠陥又は機能の障害はなかつたものと認められる。

4  そうすると、被告乗富は、自賠法三条但書により、本件事故につき損害賠償責任はないというべきであり、被告乗富に責任がない以上、被告安田火災もまた、原告に対して同法一六条一項に基づく責任を負わないというべきである。

三  以上の次第で、原告の被告らに対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないことが明らかであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 笠井昇 二本松利忠 永谷典雄)

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